東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)47号 判決 1963年5月16日
原告 ホンダ製菓株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告は、「特許庁が昭和三五年抗告審判第一、四三一号事件について昭和三七年三月六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告は、請求の原因として、つぎのように述べた。
一 原告は、昭和三四年一〇月一四日に、別紙記載のように、やや図案化した字体で「寿揚」の文字を縦書にした商標(以下、本願商標という。)について、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条の規定による類別(以下、旧類別という。)第四三類「揚菓子(但し、パン及び西洋菓子を除く)」(昭和三六年一一月三〇日附訂正書で訂正)を指定商品として、登録を出願したが(昭和三四年商標登録願第三〇、二五九号事件)、昭和三五年四月三〇日に拒絶査定を受けた。原告は、これを不服として同年六月二日抗告審判を請求したが(昭和三五年抗告審判第一、四三一号事件)、同三七年三月六日に抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、右審決謄本は同年三月一七日原告に送達された。
二 審決は、別紙記載のように、左右から拡開した二股の松葉の先端を上下において交叉した菱形図形の中に行書体風の字体で「寿」の文字を表わした構成を有し、旧類別第四三類「パン及び西洋菓子」を指定商品とする登録第四五三七〇一号商標を引用して(以下、引用商標という。)、本願商標は、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号に該当するので登録は拒否を免れない旨判断している。その要旨は、「両者は外観上においては区別し得る差異を有しているといえるが、これを称呼および観念上から見るに、本願商標から一応「コトブキアゲ」または「ジユヨウ」の称呼および観念の生じることを必ずしも否定しないが、本願商標中「揚」の文字は揚菓子の略称として当業者ならびに需要者間に普通に使用されているものであるから、本願商標は単に「コトブキ」(寿)の称呼および観念をも生じる。これに対して、引用商標は「寿」の文字が極めて顕著に現わされているので、一般の取引者、需要者は松葉より成る菱形輪郭に対してよりも、誰でも親しみ易く理解され易い「寿」の文字に対して、より強く注意をひかれるものと解するのが自然であるといわなければならないから、引用商標からは単に「コトブキ」(寿)の称呼および観念を生ずる。このように、両者は称呼および観念において類似し、また指定商品も両者類似のものである。」というのである。
三 審決は、つぎの理由により、商標類否の判断ならびに商品類否の判断を誤つた違法があるから、取り消されるべきである。
(一) 審決は、引用商標の称呼および観念は「寿」の文字のみより射出し、単に「コトブキ」という称呼および観念を生ずるとした。しかしながら、引用商標中の「寿」の文字は、指定商品のパンおよび西洋菓子等においては祝賀用として常に慣用される文字であつて、特別顕著の要件を欠いているから、右「寿」の文字についてのみその称呼、観念を求めることはできない。
また、審決は、引用商標において「寿」の文字が主要部を構成する関係上、その称呼、観念はこの文字のみより発生するというが、商標が可分にして主要部を取り出すことができるのは、他の部分がこの主要部と思われる点に比し実際の取引上ほとんど顧みられないという特別の事情があることを要するが、引用商標において「寿」の文字が人に親しみ易いという事由でこれを主要部とみるのは、実際商取引を無視した主観的な判断である。すなわち、前記のように、「寿」の文字は、引用商標の指定商品等にあつては祝賀用として慣用されている文字であり、この文字にはほとんど特別顕著性はないのであるから、むしろ、引用商標の主要部は、審決において単に輪郭と認定された松葉の図形にあると思考される。されば、引用商標からは、「マツバジルシ」(松葉印)あるいは「ヒシマツバ」(菱松葉)の称呼、観念が生じ、例外的に、商標一体性の原則により、「マツバコトブキ」(松葉寿)、「ヒシマツバコトブキ」(菱松葉寿)の称呼、観念が生じるのであつて、引用商標から「コトブキ」という称呼、観念は生じない。
このことは、昭和三七年商標出願公告第五四四七号の審査例をみても明らかである。右出願商標は「寿百體」の三文字を縦書にして成り、現行類別第三〇類「菓子、パン」を指定商品とするものであるが、この商標は、上部に大きく極めて顕著に「寿」の文字が書かれ「百體」の文字は下方に小さく書かれていて、「寿」の文字は「百體」の文字に比し圧倒的に重要性を有しているから、被告の論法によると、右商標から「コトブキ」の称呼、観念が生ずるものというべきである。しかるときは、この商標も同じ引用商標によつて拒絶されねばならないのに、これは出願公告がなされているのであるが、特許庁において両者が非類似と認定された根拠は、「寿」の文字は商品パンおよび西洋菓子について特別顕著性がないとするところにあるといえる。このことを否定するのは、被告の自己矛盾にほかならなくなる。
(二) 本願商標の指定商品は、揚菓子(但し、パン及び西洋菓子を除く)であつて、引用商標の指定商品であるパン及び西洋菓子は全部除外されているから、指定商品は全く別異のものである。そして、パン屋あるいは西洋菓子の販売店と揚菓子の販売店またそれぞれのメーカー、組合等も異つており、商品の混同誤認を生じるおそれは全くない。
第三被告の答弁
被告は、主文同旨の判決を求め、つぎのように述べた。
一 原告主張の請求原因一および二の事実を認める。
二 同三の主張を争う。
(一) 引用商標を世人が一見すれば、松葉の図形は、「寿」の文字に対して目出度いということを意味するための輪郭を附加したものとみられ、圧倒的に顕著に表わされた「寿」の文字が印象深く理解され易い文字であるため、注意をひき易く、簡易迅速をたつとぶ取引社会ではこの最も注意をひき易い部分からして、簡明に「コトブキ」の称呼、観念が生ずるとみるのが自然である。引用商標の連合商標として登録されている登録第四二五六四五号商標(この構成は、引用商標の下部に「株式」「会社」の文字を二行に、さらにその下部に「寿本舗」の文字を縦書にして成る。)、および、登録第五八四〇八二号商標(この構成は、「ことぶきのお菓子」の文字を左側に「寿本舗のお菓子」の文字を右側に、二行に縦書にして成る。)との関連において引用商標をみるときは、引用商標が単に「コトブキ」の称呼、観念を生ずるものと認められたからこそ、連合する商標として登録されていることがわかる。審決が引用商標より「コトブキ」の称呼、観念を生ずると認定したのは正当である。なお引用商標の構成は、「寿」の文字と松葉の図形の組合せから成るものであるから、原告主張のように、一応は「マツバコトブキ」「ヒシマツバコトブキ」の称呼、観念を生ずるとしても、それは単なる松葉の図形から成るものではないから、これから「マツバ」あるいは「ヒシマツバ」の称呼、観念が生ずるとみるのは自然でない。
(二) 原告は、引用商標中の「寿」の文字は祝賀用として慣用されている文字であり、特別顕著の要件を欠如していると主張している。被告においても、「寿」の文字を一般世人が祝賀用として慣用している事実は認めるけれども、そのことと商標の要部とみなすこととなんら関係はない。
原告は、昭和三七年商標出願公告第五四四七号の出願商標について言及しているが、これを引用商標と対比すれば、両者は「寿」の文字を共通にしているだけで、全体として構成を異にしているから、これをもつて本願商標と引用商標との類否判断の基準となし得ない。
(三) 本願商標の特定商品は、揚菓子のうち引用商標の指定商品であるパン及び西洋菓子を除外しているけれども、この種の商品は最近菓子取引業界の当業者間においてもいつしよに取り扱われ、しかも両者は、用途、購買者、販売店を共通にする商品の性質上類似の商品に当ることは明らかであり、同一または類似の商標を使用すれば誤認、混同を生ぜしめるおそれがある。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原告主張の請求原因一および二の事実は当事者間に争いがなく、右の事実によると、本願商標は、別紙記載のように、やや図案化した字体で「寿揚」の文字を縦書にして構成された商標であり、その指定商品は旧類別第四三類「揚菓子(但し、パン及び西洋菓子を除く)」であつて、一方、審決が拒絶理由に引用した登録第四五三七〇一号商標は、別紙記載のように、左右から拡開した二股の松葉の先端を上下において交叉したほぼ菱形の図形の中に行書体風の字体で「寿」の文字を表わした構成を有する商標であり、その指定商品は旧類別第四三類「パン及び西洋菓子」であることが認められる。
二 そこで、本願商標と引用商標とが類似するかどうか判断する。本願商標の「寿揚」の文字のうち「揚」の文字は、本願商標の指定商品である「揚菓子」の略称として取引者、需要者間に使用され受けとられるものと解するを相当とするから、本願商標から「コトブキ」(寿)という称呼および観念を生ずることは明らかであり、この点について原告は格別異論を述べていない。
つぎに、引用商標をみると、それは文字と図形との結合から成るものであつて、その構成から見て、「マツバコトブキ」(松葉寿)、「ヒシマツバコトブキ」(菱松葉寿)の称呼、観念を生ずることは是認できる。しかし、引用商標を一見すれば、「寿」の文字は商標全体の構成のうち中央に明瞭に表わされており、右「寿」の文字は「コトブキ」と読まれて広く親しまれている文字であり、かつ、この文字を取り囲む図形は、松葉が素材であるので「寿」の文字の意味と符合しこれを強調したものとの印象を与える配置関係にあるから、引用商標のうち「寿」の文字の部分は、極めて看者の注意をひき易く、いわゆる商標の要部となつているものということができる。そしてこの見解は、その成立に争いのない乙第二号証の一、二によつて認められるように、引用商標の出願人が株式会社寿本舖であつたことによつても支持せられる。したがつて、引用商標は、その「寿」の文字から「コトブキ」という称呼および観念を生ずると解される。
よつて、本願商標と引用商標とは、称呼および観念において類似のものといわねばならない。
三 右の点につき、原告は「寿」の文字は商品パン、西洋菓子等について祝賀用として慣用される文字であり、特別顕著性を欠いているから、この「寿」の文字についてのみその称呼、観念を求めることはできないと主張している。しかし、旧商標法第二条第二項にいう商標の要部と認められるおそれのある部分が分離しては特別顕著の要件を具備していないものが含まれている商標にあつても、取引者、需要者は、これが商品に使用された場合、現実の状態から当該商標を全体的に観察して、その称呼、観念等を認識するわけのものであるから、右特別顕著の要件を欠いている部分から生ずる称呼、観念等は当該商標の称呼、観念と認められないと、一概に断定することはできない。商標の機能よりみるとき、たとえ、当該商標の構成中に特別顕著の要件の欠缺として問題となる或る種のもの、たとえば普通名称とか、慣用標章の表示等が存在するとき、それらが普通名称、慣用標章の表示であることのために、それらの部分からは称呼、観念の生ずることが少ないという傾向の存在することは否定できないけれども、このことは商標の全体的観察の必要とは別個の問題といわねばならない。この見地に立つて、いま、商品パンあるいは西洋菓子を指定商品とする商標に「寿」の文字が含まれている場合を考えてみるに、原告の主張するように、祝賀用に供するパンあるいは西洋菓子に「寿」の文字を附し、またその包装に右の文字を表わすことは、日常しばしば見うけられるところであつて、この点よりすれば、「寿」の文字を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標は、右商品との関係で特別顕著性を具備しているかどうか検討の余地がないわけではないけれども、「寿」の文字が祝賀の用に供するパンあるいは西洋菓子について附されるといつても、それは祝賀の詞を表示する趣旨であつて、商品名でないことはもちろん、単なる用途表示でもないわけであるから、もし、当該商標の全構成のうちで「寿」の文字が無視し得ない存在である以上、「寿」の文字が本来有する特異の感覚をこれを看るものに与えるということができ、この文字は、当然当該商標の称呼、観念の生ずる基礎となるものと解される。してみれば、引用商標において、「寿」の文字がその全構成のうちに占める地位が前記認定のとおりであるとすれば、その称呼、観念を「寿」の文字から看取することになんの差し支えもない。原告の右の主張は採用できない。
つぎに、原告は、「寿」の文字にはほとんど特別顕著性はなく、引用商標の主要部は松葉の図形にあると思考されるから、引用商標から「コトブキ」の称呼、観念は生じないと主張している。しかし「寿」の文字に特別顕著性があるかということとそれが当該商標の要部を構成していると認められるかということとは別個の事柄であるばかりでなく、現に存在する引用商標において「寿」の文字が要部と認められることは前記認定のとおりであるから、原告の右の主張も採用できない。
さらに、原告は、その主張を支持する証左として昭和三七年商標出願公告第五四四七号の出願商標を指摘している。成立に争のない甲第一四号証によると、右出願商標は「寿百體」の三文字を「寿」の文字を大きく「百體」の文字をやや小さく縦書にして成る商標で、指定商品を「菓子、パン」とするものであり、昭和三五年六月一五日出願、同三七年二月一五日公告されたものであることが認められ、なるほど「寿」の文字は大きく記載されているけれども、特異の外容、語感を有する「百體」の二字に着目すれば「コトブキヒヤクタイ」との一連の称呼、観念を生ずるものとみる見解も是認されないではないから、にわかに原告の主張を支持するものといえないばかりでなく、かかる一事例の存在は、前示本件類否の判断を左右するものではない。
四 原告は、本願商標と引用商標の各指定商品は別異のものであると主張しているが、両者の指定商品は、それ自体近似の商品であり、同一製造業者がともにこれらを製造し、また、同一店舖で公衆に販売されることも多いから、両者の商品が類似のものであることは明らかである。
五 以上のように、本願商標と引用商標とは、称呼および観念において類似し、かつ、指定商品も類似するから、本願商標は旧商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は許されないものである。されば、審決には原告主張の違法はないので、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)
(別紙)
本件商標<省略>
引用商標<省略>